口から食べる幸せを守る家族会
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嚥下障害の父が食べられるようになるまで

食べることを恐れてはいけない。食べるんだという強い気持ちで食べること(訓練)を継続していけば、食べられるようになる

食べられなくなったときの様子

父はインフルエンザと下半身麻痺で入院し、その後肺炎になりました。転院して肺炎が治り始めた頃、食事再開に向けて嚥下内視鏡(VE)検査を受けたところ、担当医から「嚥下の状態がとても悪い。こんなにひどいのはめったにない。口から十分な栄養を摂ることは恐らくもう難しいだろう。」と言われ、胃ろうを勧められました。ほんの2週間程前には自宅で普通に食事していたのに、あまりに急で驚きました。痩せ細った父を目の前にすると、胃ろうを選択するしかありませんでした。
父は、過去に小さな脳梗塞を数回経験しているので、今回歩けなくなったのも飲み込めなくなったのも私は脳梗塞のせいだと思いましたが、肺炎になったためにすぐに調べることが出来ず、結局、原因はよく分からないままでした。担当医からは「入院するとガクッと老化が進んでしまうことはよくありますから」と飲み込めない原因は老化のようにも言われました。
私は、父は訓練すれば食べられるのではないかと思いました。胃ろうを体力回復の手段と捉え、まずは胃ろうで栄養をとって体力を回復させて、その後、嚥下機能回復に向けて訓練していこうと考えました。

父は、肺炎の熱が下がり始めると食欲が出てきて、連日、食べ物を買ってこいと言うようになりました。食べることを先送りする私に腹を立て、「おまえは親を殺す気か」などと言うこともありました。
入院中に認知症が進行したこともあり、退院後は介護施設に入りましたが、その後も施設のスタッフや私に「弁当を買ってきてくれ」とか「おいしいものを食べに行こう」などと言い続け、そのうち「この食べない生活、もうやめてくれないか。俺は死んでもいいから食べたいんだ」と言うようになりました。
また、「食べ物を買いに行く」と言って施設の外に出ようとしてスタッフに止められることが何度もありました。あるとき、父は、外に出ようとして止められたことにひどく腹を立て、それが発端で、やむなく強い精神安定剤を投与されました。私が面会に行くと、父はその副作用でふらつきがひどくて歩けなくなっており、また呂律が回らなくなっていました。そんな父を見て、私は、このまま食べずにいたら父の心が壊れてしまいそうな気がして、なんとしても早く食べられるようにしてあげようと強く思いました。

食べられるようになるための苦労

病院では、当初は言語聴覚士が対応してくれましたが、歩行等の訓練を父が拒否し続けたため、2週間位で、嚥下訓練を含む全てのリハビリを終了することになってしまいました。
入院中、複数の看護師から「歩けるようになったからと言って嚥下も回復するわけではない。嚥下の回復には時間がかかるので、歩行等の回復とは別物と考えたほうが良い」と言われました。実際、入院中に歩けるようにはなりましたが、食べられるようにはなりませんでした。ただ、歩行訓練は看護師さんが毎日手引きで行ってくれたのに対し、嚥下訓練は私が用意した「吹き戻し」を時々やるだけなので、回復に差が出るのは当然だと思いました。
退院後に入った介護施設でも、嚥下の回復には時間がかかると言われました。私は、食べない時間を長く過ごすと回復する可能性が低くなるのでは、と思いましたが、私の意見に同調してくれる人はいませんでした。
介護施設では吹き戻しの他は歌や話すことをリハビリにしている程度でした。VE検査は2回行いましたが、やはり飲み込めませんでした。
このまま、今までと同様に「歌や吹き戻しによるリハビリ」→「VE検査」を繰り返しても父は食べられるようにはならないような気がして、思い悩みました。施設の担当者に相談したところ、「訪問看護ステーションから言語聴覚士に来てもらうことは可能だが、言語聴覚士の人数はとても少ないのでなかなか空きがない。また、来てもらう場合は自費になるのでかなりの高額になる」と言われました。どうしたらよいか分からなくなり、途方にくれました。
今まで、2人の医師にVE検査をしていただきましたが、いずれも医師からは嚥下の回復に向けた訓練方法やアドバイス等の話は一切ありませんでした。「飲み込めていないから経口摂取は難しいですね。以上。」といった感じです。言語聴覚士等の嚥下訓練を担う人とVE検査を行う医師が協力する体制にはなっていないように感じました。
この経験からすると、嚥下訓練はVE検査を行う医師に直接依頼したほうが良いだろうと考え、例えば言語聴覚士のいる歯科医院など、嚥下訓練に前向きな医師を自分で探すことにしました。

父は、介護施設に慣れてくると、もともときれい好きだったこともあり、自分でまめに歯磨きをするようになりました。また、歌や吹き戻しの効果で、痰を吐きだす力が強くなってきました。こうなってくると、私は、仮に飲み込みに失敗して誤嚥したとしても肺炎にならないのでは、と思うようになりました。
今まで、病院でも施設でも、何かと「誤嚥するリスクがあるから食べないほうがいい」と言われましたが、そもそも誤嚥=肺炎ではないはずで、「食べさせない」ことよりも、口腔ケアや吐き出す力を身につけることのほうが重要なのでは、と思いました。
父は時々唾液を誤嚥していました。少し荒っぽい考え方ですが、どうせ唾液を誤嚥しているのだから、「食べたい」父にとって「食べて誤嚥する」のは許容範囲というか五十歩百歩のような気がして、果たして「食べさせない」ことは本当に必要な措置なのだろうかと疑問に思うようになりました。

そんなとき、何気にテレビを見ていると「口から食べる幸せを守る会」が紹介されていました。これだ!と思い、すぐさま連絡して、大谷先生に来ていただくことになりました。

食べられるようになって感じたこと

大谷先生にお越しいただき、食べる訓練を始めたところ、なんとわずか1ヶ月程度で父は食べられるようになりました。約6か月間、父は何も飲み込めなかったのに、たった1ヶ月の訓練で、自分でスプーンを持って「旨い」と言いながら食べる父の姿を見ることができるようになったのです。
「食べられないから食べさせない」のではなく、「食べられないから食べる」訓練が必要なんだと痛感しました。
食べられるようになってからの父は、日に日に顔色が良くなり、表情も穏やかになりました。以前は、周囲の人に対して少し怒りっぽいところがありましたが、最近はあまり怒らなくなりました。
先日、2ヶ月ぶりにお会いした知人が父を見て「なんか雰囲気が変わった・・・」と言い、食べられるようになったことを知らせると「こんなに変わるんだ・・・」と感動して涙ぐんでいました。
父は、「食べることを恐れてはいけない。食べるんだという強い気持ちで食べること(訓練)を継続していけば、食べられるようになる」と言っています。食べることができない間はこんなこともできないのかと情けない気持ちになっていたが、食べられるようになって自信を持てるようになったそうです。
もし、あのまま食べることができずにいたら、父はそのうち生きる自信を失い、ふさぎ込んで寝たきり状態になってしまっていたかもしれません。
食べることで心の安定を取り戻し、人間味のある暖かい父を取り戻すことが出来ました。食べることの大切さを改めて強く感じました。

先日、父はムース食のおかず3品とおかゆにトライしました。大谷先生に食べられるかどうかをみていただくだけだったのに、父はずっと食べ続け、とうとう全てを完食しました。「こういうものが食べたかったんだ。ずーっとこういう食事を待っていたんだ。」と言い、「んー、やっぱり満足感が大きい。充たされた気持ちになる。」とうれしそうに話していました。来週からは、お昼は経管栄養なしで口からの食事になる予定です。

父のように、食べたいのに食べられない人は大勢いるのではないかと思います。
恐らく父も、もし食べる訓練をしなかったら、今でも食べることはできないままだったことでしょう。
私は、偶然に食べる訓練をしてくれる先生を知ることができ、また偶然に近くに来ていただける先生がいらっしゃったのでお願いすることができましたが、私のように偶然などではなく、誰もが同じ機会を得られるようになってほしいと思います。そして、一人でも多くの人が父と同じ喜びを味わえるようになることを心から願っています。

アノニマス

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