口から食べる幸せを守る家族会
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母の口から食べる幸せを守り続ける

KTSM家族会の成功例や知人の胃ろうから口からの食事に成功した例などの話を聞き、経鼻経管を今にでも中止し何としても口から食べさせることが母にとって最良の決断だとの考えを強く持ちました。

大切な事

  1. 毎日の体調管理。
    • バイタルチェック(体温、血圧、脈等)を記録
    • 排泄(便・尿の様子)についての記録
    • 食事内容(形態、食事量等)と体調の様子を記録→微妙な変化に気付く
  2. 口腔ケア、利用器具も清潔に保つ。
  3. 日頃から嚥下機能を鍛える為の軽いお口の運動を少しの時間で良いので毎日繰り返し行う。(パタカラ、アイウベ体操等)。自分の好物をもう一度口から食べたいという意欲を掻き立てる。
  4. 決して諦めない。
  5. どんな小さな事でも良い、常にステップアップを考える。
  6. 好きなこと、興味を示す物が本人に見える位置に置いてあげる。
  7. 安心する様に話し掛ける。本人の努力を褒めてあげる。

 

母、突然倒れる

2018年12月4日冬なのに小春日和でまるで春の暖かな日の様でした。

ケアマネジャーと、最近体調は安定していて良かった云々…と話が弾んでいる最中でした。突然一本の電話で中断し、母がデイサービスで発作を起こし呂律が回らず…ドクターカーで救急搬送されたと伝えられて想像もしなかったこと(右中脳主幹動脈閉塞症を発症)が起きました。その後、直ぐにカテーテル緊急手術となり、ICU治療となるとのこと。とにかく急ぐということで簡単な説明と誓約書に署名し、その後の対応など全く理解しておりませんでした。

後から手術に関する説明書を何度も読み返しましたが、経鼻経管に関する記述は見当たりませんでした。

ICUでの笑顔が消えた一般病棟

ICUで過ごした1週間は顔の左側に歪みはあったものの以前と変わらぬ笑顔がありました。手術から数日後、STからの説明で、先ずはゼリーで食べる訓練をすると伺いホッとして家路につきました。その際、テーブルに置かれた栄養剤の事は全く意識にありませんでした。

入院から1週間後、突然、今日から一般病棟に移るとの電話があり大部屋に移動。一般病棟初日の夕方立寄ると補聴器も入歯も既に取外された状態で眼をつむって静かでした。鼻のチューブを勝手に抜かないようにと重いミトンを右手に嵌められて、右手が段々硬くなっていました。せめて居る間だけでもミトンを外してもらいマッサージをし続けました。

帰る際には必ずミトンをされ更に鍵をされてまるで拷問の様でした。そして何日か経過したある日、突然母の顔から笑顔が失せました。

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ソーシャルワーカーのアポイントは?

アポイント日に時間通り到着し担当者に連絡してもらい30分待つも何の返答もなく再度尋ねると、何と担当ソーシャルワーカーは当日休暇を取っているとの返事…呆気に取られる。

母の日課を見学に訪れると…

ある日、あまりにも変容した(まるっきり笑顔が失せた)母の様子が心配になり、指定の見舞い時間より早目に行くことに…そこには、ナースセンター前に、まるで囚人のごとく車椅子に乗せられ経鼻経管をした人達が整列した状態で座っていて、その中に、うな垂れた母の姿もありました。

しかも入歯も補聴器もせず車椅子からずり落ちそうな状態で丸まった背中にはゴミがいっぱいくっついていて、床にでも落とさなければ付かない様なゴミの量でした。

思わず叫んだ訴えますよと

「すみませ〜ん」母の担当看護師さんを呼んで下さい!」と大声で叫びました。咄嗟にこの光景はあり得ないという程の立派な文言の病院の5つの経営理念(ACHES—第5誠実な態度で接し、愛で患者さんを包むこと)というのが頭に浮かび、この病院の経営理念は何なのですか?あれは嘘ですか?あまりにも酷い対応に思わず「訴えますよ!」という言葉が口から出ました。

先日迄とのあまりの対応の違いに愕然として、どうしたらこの場所から一日も早く抜け出せるかをこの日から考える様になりました。

遅々として進まぬリハビリ

計画書では、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士の3名でスケジュールを組んで日々リハビリに取組むとありました。が、全く誰も来ない日もあったり、来たとしても覚醒が悪いからと飛ばされて中々進まぬまま日にちだけが過ぎました。

STは人員が少ない為、1週間に半分来れば良いところです。その上、1コマが40分で更に覚醒が悪いと危険だという理由で直ぐに終わってしまう為、母が眠気まなこで「もっと食べたい…こら待て…」と言ったところで、「今日はこれで終わりです。」という具合。作業療法士が一番優しく親切でした。

自分がSTになれば…とも思いました。自分がSTになって…と思い資格を取りたいとも本気で考えましたが、それでは母には間に合わない…。

言語聴覚士(ST)に左右される口のリハビリ

STが許可しないと家族でも口から食事を食べさせることは出来ませんでした。

「直ぐに誤嚥性肺炎になるので、そんなに簡単ではありません云々…」と何度も言われ、ムース食を始めてほぼ完食した際も、「ムース食を食べられたからと言ってもお遊び程度の量ですから…云々」と評され、だったら、家に戻って自分達で食べさせるしか選択肢がないと気付きました。(お遊び程度…と言うのは、どういう意味で言われたのか理解できないが、必死で食べたいと思っている母のことを思うと僅かでも良いから進歩して行きたいと願った。)

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言語聴覚士なのに言葉のリハはない

ある日、STに、あなたは言語聴覚士なのに、母に言葉の訓練はしないのですか?と尋ねると、「未だ食事もできてないのに、そこまで到達しないですよね。」と言われ、??となりました。それに、STよりは家族の方が安心できるのに…とさえ思いました。

このままでは、言葉は愚か、いつになったら以前の様に口から食事が摂れる様になるのか気が遠くなりそうでした。

リハビリ病院などの選定

ソーシャルワーカーも療法士さん達もそのほとんどが20歳代から30歳代の若者で母親から見れば孫の様な世代です。彼らの短い経験と頭でっかちの知識の中から得られたルールと選択肢の中から母へのアドバイスがいくつか示されましたが、どれも家族としては納得いくものでありませんでした。

運命は自分の努力次第で少しは変えられる

目標や現状打破の為のやるべき事を日々考えました。そして、母にとって何が大事か、どういった過ごし方が良いのか、また金銭的、精神的にどういった選択肢があるのかを考えるようになりました。

壊れ出した母の表情

ベットと車椅子の移乗さえ、物同然に投げる様に移され、その度に母は喚き声を上げていました。入院生活が2ケ月余りに亘ってしまい、表情が鬱っぽい感じになって笑顔もなく、言葉も中々発することもなくなって来ました。左半身麻痺で身体は寝返りは愚か動けません。

右手はミトンで拘束されておりミトンを外しても手は固まって動かすのもやっとでグー・チョキ・パーのリハビリをしました。日に日に元気がなくなる母を見るにつけ、これ以上の入院生活はリハビリと言えども無理だという結論に至りました。

経鼻経管での受入れは難しい

リハビリ病院など経鼻経管をした状態で母の様に高齢で、しかも左側半身麻痺の状態で受け入れる施設が如何に少ないかを知りました。

この状態を自ら望んだ訳でもないのにどうしたら良いの?とあちらこちらと聞いてみました。結果は、受け入れ可能だが直ぐの空きは無く、しかも個室利用で一日1万円の個室料金が医療費以外で掛かりますとのことでした。「空きがいつ出るか分かりませんが、それで宜しければ一度相談に来て下さい。」とあるリハビリ病院から電話を頂きました。

診療情報報告書(?)

リハビリ病院に転移するにも現状の診療内容や体調の経緯についての評価表の様な資料が(医師、担当看護師、3人の療養士—ST含む)によって作成され先方へ提出される様ですが、申請しないと大抵は家族に開示されない様子です。(過去に別の病院で、服用している薬の情報が間違って提供されていたこともあった為、信頼できる情報なのかどうか、何故家族に開示されないまま提供されてしまうのかが未だに疑問です。)

年末、母が「もう疲れた」と訴えた

そう言う母に何という励ましをしたら良いのか途方に暮れ、既に限界だと思い出しました。このまま栄養剤を注入され続け、永らえるのが母にとって良い人生と言えるのだろうか…という疑問さえ持ち始めました。

KTSM家族会の出会い

妹がこんな会があると私に差し出したのが小山さんの一冊にまとめられたバイブルとも言うべき本でした。それを拝見して俄然勇気が湧いて来ました。

食べることが大好きなのに食べられないなんて何て残酷な仕打ちなのか。このまま栄養剤と水の注入だけで生きて行くのなら、母が言う様に生き長らえるのも苦痛でしかないのかも…と。
絶対に口から食べる様にしようとまず目標設定をしました。

高次脳機能障害や認知機能が低下した人へのアプローチも含めた食事介助スキルも写真豊富に解説。

八方塞がりが良い兆しを

トドのつまり、母は今後受け入れ先がないままこの日々新たな患者が続々と送り込まれる急性期病院で更に肩身の狭い思いで(滞在出来る期間は一応決められていて、受入先がない人に限り置いてくれると聞いていました)日々を過ごすと想像しただけでも悲しくなりました。だったら、一日も早くここから脱出しよう!

退院後の母の対応方法を画策

リハビリ病院の行き先も決まらない中、経鼻経管のままで家に戻ってデイサービスに通いながら家庭での見守りの出来る方法があるのかをケアマネジャーと年末から年明け早々に相談を始めました。

先ず訪問医で経鼻経管をケアしてくれる医者、嚥下を診てくれる訪問歯科があるのか、デイサービスで経鼻経管を受け入れてくれるかどうかなどなどあたりました。

思い切って退院を決める

KTSM家族会の成功例や知人の胃ろうから口からの食事に成功した例などの話を聞き、経鼻経管を今にでも中止し何としても口から食べさせることが母にとって最良の決断だとの考えを強く持ちました。

早速、病院の担当ソーシャルワーカーに「母もこのままでは痴呆が進んでしまいもっと悪い状態になってしまう。管を先ず取り外して頂き、自宅で介護をしたい。」という希望を伝えました。

その直後、担当看護師から緊急会議の為、そのまま病院内に居残る様に指示があり、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、ソーシャルワーカー、看護師の間での緊急会議が開催されました。医師からも経鼻経管を抜くことは現時点ではできないとのSTからの助言もあり、不可能との判断を下されました。ソーシャルワーカーはやはり20歳代でリストの中から可能な転院先を選ぶように勧めるばかりで結局は出口の見えない状況でした。

ケアマネジャーに最後のお願い!

今まで10年余り通ったデイサービスのケアマネジャーは、とても理解ある人で私共の大きな力となっておりました。現状を説明し何とか経鼻経管の状態でデイサービスに再び戻れないかと相談したところ、今までの流れもあり、皆で支えたいとの言葉を頂き看護師が在籍する15時までを条件として受け入れを快諾頂きました。

経鼻経管での栄養剤もお願い出来ることとなり、経鼻経管をケアして下さる訪問医、嚥下を指導する訪問歯科、訪問マッサージ、訪問介護と手配の準備が整いました。

病院担当者と退院後のケアについて

主治医からは経鼻経管での自宅療養は想像以上に大変で本当に家族で見られるのかとの心配を頂きましたが、妹と私の決意の強さに脳外科の主治医も最後は自宅への帰宅で了解して下さいました。看護師さん達からも家での看護について決めた退院日まで、色々な指導を頂きました。

家庭での介護に必要な物を調達準備

介護用品をお借りしている業者とケアマネジャーとの間で話合い、ベッド、吸引機、栄養剤を吊るスタンドの手配。インターネットでの栄養剤や栄養剤を入れる為に必要なシリンジ、聴診器、連結する為の栄養セット、麻痺の手を吊る為のホルダーなどを購入して母を迎える準備を整えました。

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栄養剤の決定

保険で購入出来る栄養剤はエンシュアだけが認められている。だが、母はエンシュアが甘すぎて嫌いだった。今回は飲むのではなくて鼻から胃へとただ通すだけだが、やはり病院で慣れた物が良いとの判断で病院で提供されていた物を自己で購入した。とても高価で栄養剤だけでも1ケ月数万円は掛かった。

ムース食の選定

ムース食に関しても、数種類を試し買いしてみて購入したが、おおよそ大味で決して美味しい物ではなかった。
アイートは見た目は綺麗で食欲をそそるが、高価で薄味。ムーミーくんはお値段的、味的にお勧め出来る。ただし、長期化するとやはり飽きが来る。ムース食もお値段は高価なので1ケ月数万円を覚悟しなければならない。

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洋服や寝巻き等

麻痺がある為、着る物も買い替え、また、伸縮性のある一回り大きい洋服や寝巻を整えました。また、麻痺の身体を支える為の動物型のクッションをいくつか揃えました。

口腔ケア用の用品準備

栄養剤の他に、常に口腔内を清潔に保ち嚥下機能を悪化させない為にも、口腔内を清掃するスポンジや口を清潔に保つ為の溶剤も用意しました。

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いよいよ自宅での生活始まる

1/29お昼の栄養剤注入後、介護タクシーにて自宅へ戻ると同時に、先ずは訪問医の来訪を受け、次の日は嚥下機能を確認の為、訪問歯科医の受診と続きました。日々、栄養剤の注入、口腔ケア、薬を溶かして注入、オムツ替えなどが中心となりました。

嚥下機能の見守りは食べることにつながる?

1/30に初めて嚥下機能の判定が訪問歯科医からカメラで示された。だが、どの様に口から食べられるように今後進めて行くのかの説明は無かった。だが、嚥下機能にあまり問題は無いということだけは立証されただけでも家族には大きな力になった。

早速、2月初めから、口からムース食や柔らか食を始める。昼はデイサービスにて経鼻経管にて栄養剤と水を注入してもらい、朝と夕は家で栄養剤とソフト食を摂るようした。薬はシリンジにて粉砕したものを水に溶かして飲ませる。30度の傾きの姿勢と喉元のゴックンを注意深く見守る。

2/10頃からは、トロミも使い

薬も粉砕した物をトロミで口から摂る様に変更。朝は栄養剤を1/2としてゼリーとかプリン、豆乳、ヨーグルトとし、夕食は、体調を見ながら栄養剤を減らした分をムース食に変更。やはり喉元を見ながらゴックンを確認。

週に1回の訪問歯科医の嚥下機能のチェックを確認し食事内容と食事姿勢を変更

2/15頃迄は今までと同様なやり方で栄養剤とムース食、あるいは家で調理した食事をミキサーにかけた物を食べさせる。ミキサー食やムース食は殆ど呑み込んでしまう為、訪問歯科医に相談し、噛むという行為を思い出させる為の訓練として、ガーゼに包んだスルメイカを差し出すと自然と噛む動作を始めた。柔らかせんべいも噛んでくれた。

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2/16頃から普通食への道

ムース食から徐々に普通食の刻んだ食事を出してみた。最初呑み込むのに母は少しの間止まっていたが、思い出した様に噛み始めた。

これなら行ける

嚥下機能を見てくれている1週間に一度の訪問歯科医に、どの様に今後口から食べられる様になるかの段階的なプログラムを持っているのかを尋ねてみた。応えは意外なもので、特に考えていないとのことで、今後も母が鼻のチューブが取れて口から食べられる様になるかどうかもはっきり言えないとの回答だった。だったら、どうすれば良いのか考えあぐねた。

自分でプログラムを作ろう

訪問歯科医にKTSMのテキストを見せて、これを見ながら少しずつ勉強して食べさせています。と説明したが、全く興味も示さず何のコメントも無かった。なので、嚥下機能の評価も最初だけで、段階的な訓練方法もプログラムもないのなら、自分達で段階的にやって行こうと決めた。

食事内容や姿勢の変化

体調や食欲、覚醒状態を見ながら食事の形態や姿勢を徐々に変化させて柔らかさや形状を変えて行き、母の反応と食べ方を見ながら、かなり普通の食事が摂れる様にみるみる変化が現れた。

3月が終わろうとしていた頃

ある問題が発生。麻痺になった為、入浴に大勢の人手が必要なのと機械での装置がない為、通っていた普通民家のデイサービスでは限界だと言われてしまい、急遽、特浴を持っていて、尚且つ、看護師さんが常駐しているデイサービスをケアマネジャーと短期間で探す必要が生じた。

またもや経鼻経管に泣く

デイサービスを移ろうとしても、やはり障害となったのは経鼻経管でした。受入先は1ケ所しかないと告げられ見学に行きました。とても母を預けたいという気持ちになれず落ち込んでいると、ケアマネジャーから再度電話があり、もう一箇所見つかったので、直ぐに見学に行きましょうということで、もう一箇所を見学。幸い、明るい感じのデイサービスで、早速、そちらへ移動することで話が決まり。母は4月早々にデイサービス新天地に移動。

新しいデイサービスとの出会い

4/8新しいデイサービスでは入浴は特浴、経鼻経管にて栄養剤と水を摂って行くことになった。

デイサービスでもランチを楽しむ

デイサービスを民家型から大規模なデイサービスに替わって約2週間が経過して新しいデイサービスの環境にも何となく慣れて来た様子。新しいデイサービスでは栄養剤もお願いしていたが、4月後半から、ミキサー食や刻み食を対応して頂きランチも楽しみにしている様子が見えた。

4/25いよいよ経鼻経管外す

その後、順調に家では夕食時間に普通食を小さ目の形状で少し柔らかな状態で提供し、8割方食べる様になって来ていた。歯科医からは特に指示もなく、外す時は体重や栄養が充分足りているかどうか等細かくチェックが必要だと言われ、チューブを外すなどのコメントは一切ないままだった。

ある日交代した訪問医が、私の説明を聞いていて、「そんなに食べられるのなら一度チューブを抜いてみましょう!」ということになり。妹と私は即座に賛成した。「ただし、水分や薬はどうやって飲ませたら??」という疑問に、「口から飲ませるしかないでしょう。」水分の為だけにチューブを残しておくのは無意味でしょう!」と言われ、それもそうだと大賛成し当日外してもらいました。

ムース食卒業

経鼻経管を外した当日は、日曜で既に昼も過ぎていたことから、スーパーでたこ焼きを買って、母に「食べる?」と尋ねると「うん」と頷き、小さく切った蛸無したこ焼きを頬張り、「懐かしい味だ!」とチューブの取れた口から美味しそうにムシャムシャと食べ出した。感激の一瞬だった。

朝、昼、晩 三食のご飯を口から

この先、またいつ以前の様な状況に戻るか不明であるが、今現在はこの様に口から自分が食べたい食事を食べられることが幸せだと感じる毎日です。

詰まったら出す

毎日体調は変化する為、その日の体調に応じて食べる姿勢や食事内容は変化させます。むせもあり、口の中で停滞すれば、即座にスポンジや箸などで外に出し、どうしても喉がガラガラする場合には吸引して取り出す。無理のない食事で、眠気が来たら、少し待って、目が覚めたら再び開始。

現在の悩み

いよいよ本格的な夏の暑さがやって来ます。水分補給は欠かせません。
噛むことは思い出しましたが、時折、眠気等で止まってしまうこともあります。しっかりしている時は大丈夫なので、止まってしまった時は、上唇や舌の上を平たいスプーンで何度か抑えて噛む様に促すと大抵の場合は噛み始めます。ただ、水分を飲むという動作を思い出すまでに毎日時間が掛かります。

調子が良いとゴクゴク美味しいと言って飲み出します。ストローなども歯でガチガチ噛んでしまうので、ストローで息を逆に息を吐いてもらうと、吸うということにつながります。また、飲み込みの訓練に「タン練くん」というのを購入しましたが今ひとつ使うコツが分かりません。その上、水分補給を口から摂るのでチューブから流し込んでいた頃に比べると水分量が少ない為か便秘 になりがちです。便秘薬が欠かせなくなりました。

医者に相談すると大抵は、「また鼻にチューブ入れるしかないね。」との言葉。安易に入れるのは止めて欲しいと思い。何としても口から摂らせたいとの願いから、毎日アクエリアスとジュースにオリゴ糖を入れゼリーを作って食べさせています。

何とか熱中症にならない様にしたいものです。
時折、鬱っぽい表情に戻ることもある母ですが、今は口から食べることで、元気を一杯貰っている様子です。—鰻…と言うと目が輝きます。

母の口から食べる幸せを守り続ける日々はこれからも闘いの日々です。

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