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くも膜下出血で嚥下障害になった経験談

ある日突然嚥下障害者に。食べる練習もなく「リハビリして良くてミキサー食」と宣告されるも、懸命にリハビリを続け、二ヶ月後に冷やし中華を食べられるまでになる。

子供の前で突然意識をなくし、嚥下障害になる

2017年春、私は子供の前で突然意識をなくし、緊急手術を受けました。覚悟してくださいと家族は言われたそうです。

術後、すぐ母が足裏マッサージをしたら奇跡的に意識がもどり、病院側がびっくりしたそうです。
私はワレンベルグで左側の温痛感覚の麻痺と嚥下障害になっていました。

急性期であまり検査もなく、まさか嚥下でこんなことになるとは知らず、退院すぐできるなんて思っていたらリハビリ病院に転院しなければならなかったのです。ここから嚥下のたたかいが始まります。

食べる練習もなく、「リハビリして良くてミキサー食」と宣告される

くも膜下から嚥下障害になった私は足も後遺症があり、リハビリ病院に移りました。転院した二日目に嚥下レントゲン検査。初めて行う検査に心臓バクバク緊張です。

水やゼリーを飲んだのですが、5分で終わり。ダメだったんだと私にもわかりました。涙がその場で出ました。

先生から「胃ろうをすすめます。リハビリして良くてミキサー食です」と宣告されました。全く食べる練習もなくの宣告。泣きに泣きました。子供がまだ小学生。まだまだ家族で楽しみたい。だけど、胃ろうで長生きできるの?ご飯作れるの?

リハビリのために鼻チューブから胃ろうにする

そんな中でリハビリが始まりました。
リハビリは喉の力を鍛えることと、チューブを飲み込み膨らませ喉を広げるバルーン療法というものでした。
鼻から管を入れてましたが、リハビリの妨げになるので胃ろうもしました。

リハビリは毎日続けました。喉にゴム製のチューブを入れるのは怖さと苦しみでしたが、頑張りました。

担当のリハビリ担当の先生から何か食べたい?と聞かれたことがありました。暑い日だったので、冷やし中華と言ったら、麺類は良くて一年後かなと。(これは二ヶ月後に達成しましたが。)

小山先生は私の目を見て大丈夫と言ってくださる

毎日不安でよく泣いてました。
そんな中、私は小山先生の働いている病院に転院したのですが、担当にはなってなかったので、それまでお会いできていなかったのですが、偶然小山先生にお会いできるチャンスがありました。

小山先生は優しく、私の目を見て大丈夫と言ってくださいました。その一言で私はなんとかなるような気がしました。
この時ほど言葉の大切さを感じたことはありません。
これをきっかけに私の嚥下力は回復していき、一ミリの水が飲めなかったのが三ミリ五ミリと増え、入院から二ヶ月ぐらいでゼリーを食べれるようになったのでした。

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